今日は、同じく鉄道がすきな友達と一緒に、茨城・千葉の私鉄たちに乗りに行くことにした。
ひたちなか海浜鉄道(元 茨城交通 )、鹿島臨海鉄道、銚子電鉄。
どれもローカル線だが、とっても充実している。
今朝は4時起、4時30分出発。
写真は小田原駅で見た貨物。
新橋で2分、日暮里で3分の乗り換え予定だったが、新橋の2分はきつい。
おススメは絶対にしない。
日暮里からは、常磐線勝田行きに乗り大移動。
考えてみれば、荒川沖って変な名前。
荒川なんてここには無いし、沖じゃあない。 なぞ。
常磐線も、取手を過ぎると田舎になる。
この写真を見れば分かるが、雲一つ無しの晴天。 運を使い果たしてしまわないことウを願う。
415系、先頭車はクハ411であった。
113,5系と一緒で、モーターしか変わってないわけだから、411のままで良い訳だ。
勝田駅からは、ひたちなか海浜鉄道へ乗り換え。
乗ったのはキハ37100-03。
全線、半ば田舎。
キハ20を目当てに行ったのに、結局乗れなかった。 お天気だけで運は使い果たしてしまっていたのか・・・
那珂湊駅には、6両留置してあった。
この駅で対向したのは、ミキ300系。兵庫県にあった私鉄、三木鉄道からの貰い物。
左・・・最大の目当て 旋回窓が付いている。
右・・・下北交通みたいな色。
往復して、また勝田駅に戻った。 来たのは501系、初めて乗れた。
次の水戸ですぐに降り、30分待つ。
色々と見ているうちに、端にこんなのがいるのを見つけた。→
これなんでしょうか。情報提供頼む!
さて、水戸で長い間待ち、鹿島臨海鉄道の車両が来た。
結構お気に入りのデザインだが、案外古く、H元年製だった。 なので、窓が開けられ、きもちがよい。
この鉄道には、とんでもない駅名がある。 南阿蘇鉄道にある「南阿蘇水の生まれる里白水高原」駅とならぶ日本一の長さ、「長者が浜潮騒はまなす公園前」駅。 ひらがな22文字、ローマ字33文字の面倒な駅名。
んなこと言って乗っているうちに、11:57鹿島神宮駅に到着。高架駅でびっくり。
1215分発のバスがあるはずなので、ターミナルに急ぐ。
ところが、看板の時刻表にのって無いではないか!!
ネットで調べた時刻なのに、どうしてくれるんだ! と思いつつ、早急にダイヤを調べ、予定の立て直し。
路線バスは存在しない、銚子駅までタクシー16000円、14:15までバスはまったく来ないらしいので、13:17まで待つことにした。
しょうがないので待合室でご飯を食べたら、まだ1時間ある。
もうと思いながら駅前をぶらぶらしてたら電車が入線する音がしたので、改札を入り、電車に乗って、また30分待つ。
いい加減見るところも無くなったので、車内でお菓子を食べた。
発車間際に、鹿島臨海鉄道のヂーゼルが接続し、発車。
せめてもの助けが、眺めの良さ。 北浦を渡る長い橋からは、とても綺麗だった。
潮来で列車交換をするので、7分停車、スタンプを採りに行く。 それにしても、十二橋や潮来、水郷、松岸など、水辺を思わせるような駅名が多い。 良い所。
さてやっと銚子についてほっとしたところで、銚子電鉄と接続していないことが分かり、またハラハラさせられた。
結局、30分どうにか待って、やっと乗れた。 本来なら、長崎鼻まで散歩するつもりだったのに、辛うじて往復できるだけの時間しか残っていなかった。
銚子電鉄も、いつ無くなるか分からない位経営が悪いらしく、電鉄銚子駅舎の「オランダ風車」は取り外され、付けてある「銚子電鉄」の文字も「銚」の字が壊れ、この建物の柱や枕木は腐り・・・
もうなんとも言えないくらい凄いことになっている。
いざ電車が入線すると、どこから出たのかとても賑わう。乗車率は50~60%くらい。
これはもと京王の2000系。 吊掛ではなく、昭和37年製。
外川にはすぐ着き、6分で折り返し。
この駅舎も凄い。よくまあ残っていたと思う。 半ば傾いている。
奥に停められている800系。 昭和25年製。
もう、今日は疲れた。 ものすごい旅行だった。
へとへとになり、ボーっと乗っていたらいつの間にか寝ていた。
家に着いたのは21:30、お疲れ様でした。
でも本当に楽しかった。 よくまあこんな旅行に付き合ってくれる友達がいたと思う。
やっぱり友達って大切だなと思った。
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