ブルックナーの難しさ

先日NTTフィルでブルックナー7番を演奏しました。常々アマチュアのブルックナーは音楽にならないと思っていましたが、先日の演奏はなかなかの内容だったと思います。演奏技術面は課題山積ですが、全員による音楽の共感は多少なりとも感じられました。

ブルックナーは、メロディーで「心や言葉」を表現する音楽とは異なり、空間・物体・自然といった現実世界と、それらを創造した何か全能なもの(神?)を表現しようとしているように感じます。宗教音楽的でもあり、日頃取り組む音楽とはかなり異質です。到底ソロ曲にはなりえない部類の音楽です。

実際にブルックナーを演奏する上で、まず技術面では全員に人並み外れた体力、鉄壁の音程、デジタルな場面切り替えを全員で的確に表現し続ける精神力が求められます。その上で音楽面ではチャイコフスキーやベートーベンのように楽譜に忠実に演奏しても音楽にはなりません。更に個人やパートレベルの音楽的アピールも殆ど受け入れられません。むしろ個人的アピールはブルックナーの音楽の大きな流れを阻害するように感じます。

一体ブルックナーはどう料理すればいいのか?
以前ウィーンフィルのブルックナーを聴いた事があります。初めは物量で圧倒する法悦的な音楽をイメージしていましたが、意外な事に団員全員がこの音楽に触れることを楽しみ、とても自由な雰囲気の中で演奏していました。自由な自分を、自由に神(指揮者)に操ってもらって、そこから出てくる全員の音楽を、客観的に見て楽しんでいるような印象でした。「全員が客観的になり全員で奏でる音楽に共感している感覚」、たぶんそれだと思います。これはなかなかアマチュアには出来ないと思います。

今回のNTTフィルの演奏。到底そのレベルには達していませんが、アマオケでは端にも棒にもかからないと思っていたブルックナーで、少しは共感できる感覚を持てたのは、驚きの結果でした。

コメント

  1. いたくら より:

    先日はお疲れ様でした。
    ブルックナーは、オルガン曲の響きに似た和声で曲が進行するので、宗教っぽいイメージがつくのでしょうね。
    その反面、機能和声が多いので退屈と言えば退屈かもしれません。

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